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大阪高等裁判所 昭和51年(う)758号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

〈前略〉

第一検察官の控訴趣意について。

一論旨は、原判決は、

「被告人は、

(一) 昭和四七年五月五日ころ、大阪市住吉区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部化学実験室において、同大学教養部長浅野啓三管理のガラス瓶入り硝酸カリウム等の薬品類約4.1キログラムを窃取し、

(二) 治安を妨げ、人の身体財産を害する目的をもつて、同年一二月二六日午前五時五〇分ころ、同区山之内町三丁目一〇六番地所在の大阪府住吉警察署杉本町派出所において、かねてカーリツトを主爆薬として製造した電気装置づきの爆発物一個を同所公かいに仕掛け、同日午前八時三八分ころこれを爆発させて使用し、同警察署長警視稲葉盈実が管理し、現に人の住居に使用せず、かつ、人の現在せざるを同派出所の天井、柱、壁等(修復見積金額約三六一、五〇〇円)を破壊して建造物を損壊するとともに、右爆発に伴い飛散した鉄片などで、折から同派出所前の公衆電話室に居合せた武田節子(当四八年)に対し、治療に二日間を要する右膝部外側切創の傷害を負わせ、日本電信電話公社所有の公衆電話北側ガラス一枚(修復見積金額約一一、五〇〇円)を損壊し、さらに右派出所前の靴販売業井上ノブエ所有の金属製シヤツター一枚及び陳列台ガラス一枚(修復見積額合計約一六、三〇〇円)を損壊し、もつてそれぞれ公共の危険を生ぜしめ、

(三) 昭和四八年七月一五日午前一〇時三〇分ころ、同区山之内一丁目三一番地アパート婦美屋荘東側空地において、山岡正和(当二三年)に対し、同人がかねてから自己の交際中の葉山博子と深い間柄になつたことを憤激し、同人の顔面を足げりにし、さらに手拳で殴打したうえ、倒れた同人の腕や足を所携の鉄製パイプで数回殴打し、よつて同人に対し加療約一か月を要する顔面打撲挫創、左尺骨骨折、両前腕打撲擦過創、両下腿挫創等の傷害を負わせ、

(四) 治安を妨げ、人の身体財産を害する目的をもつて、昭和四七年一一月下旬ころ、同区山之内町一丁目三一番地アパート婦美屋荘一二号室において、鉄パイプに白色火薬又はカーリツト及びパチンコ玉をつめ、起爆装置として硫酸入りガラスアンプル、雷管等を装填した爆発物である手投式鉄パイプ爆弾二個を製造し、昭和四八年七月三〇日までの間、前同所、同区杉本町四五九番地所在の大阪市立大学教養部構内の器機体操部室及び同市天王寺区南河堀町四三番地所在の大阪教育大学天王寺分校内の同大学本部学舎屋上等に右爆弾二個を隠匿して所持したものである。」

との公訴事実に対し、(一)の窃盗の事実、(二)の爆発物取締罰則違反(使用罪)・激発物破裂・傷害の事実及び(三)の傷害の事実については、おおむね公訴事実どおり認定し(ただし、(二)については爆発物取締罰則違反の「人の身体を害する目的」を除く)、「被告人を懲役六年に処する。」旨を言渡したが、(四)の爆発物取締罰則違反(製造・所持)の事実については、犯罪の証明がないとしてこれを無罪とした。

原判決が、右(四)の爆弾の製造、隠匿所持の事実(以下本件爆弾の製造、所持の事実という)を無罪とした理由は、これを要約すると、検察官が原審公判廷で取調べを請求した被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書のうち、前記(三)の傷害の公訴事実に関するものを除くその余の調書は、すべて被告人の捜査官に対する自白が任意性を欠く疑いがあるので、その証拠能力を認め難く、本件爆弾の製造、所持の事実については、右の任意性を欠く疑いのある自白に基づいて発見押収した本件爆弾二個及びその製造に使用された薬品等の材料残部の各証拠物並びに右証拠物について、その所在場所と所在状況を明らかにする捜査官作成の検証調書及びその性質、数量を明らかにする大阪府技術吏員作成の鑑定書についても、右の任意性を欠く疑いのある自白に直接由来するものであるから、右自白の証拠能力が否定される趣旨に照らし証拠として使用することは許されず、その意味において証拠能力がないものと解するのが相当であるので、結局右事実については、法廷における被告人の自白以外に他の補強証拠がないことに帰し、有罪を認定することはできないというのである。

しかしながら、原審が本件爆弾の製造、所持についての被告人の捜査官に対する自白の任意性を否定したのは、司法警察員の被告人に対する取調状況に関する事実を誤認し、かつ、憲法三八条二項、刑訴法三一九条一項の解釈適用を誤つたものであり、また、その結果として本件爆弾及びこれについて検証調書、鑑定書等の証拠能力までも否定したのは、刑訴法上の証拠法則についての解釈適用を誤つたものであつて、そのため当然証拠能力が認められるべき証拠を罪証に供しなかつた違法があり、右訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は到底破棄を免れないというのである。

二そこで記録を検討するに、

1 原審における本件の証拠調手続の概要

検察官は、原審第三回公判廷において、本件爆弾二個の製造、所持の事実を立証するため、次のとおり証拠の取調べを請求した。

(1) 大阪教育大学天王寺分校本部学舎屋上から押収した手投式鉄パイプ爆弾二個の関係で

① 右爆弾が隠匿されていた場所の状況に関する司法警察員松本太一作成の検証調書((甲)検察官請求証拠目録(二)請求番号43)

② 右爆弾を発見したときの状況に関する司法警察員鵜川正博作成の検証調書(請求番号44)

③ 右爆弾二個を差押えた状況に関する司法警察員鵜川正博作成の捜査差押調書(請求番号45)

④ 右爆弾の性質などに関し、大阪警察本部警備部警備第一課長から大阪府警察科科学捜査研究所長あて鑑定嘱託書(請求番号46)

⑤ 右爆弾の性質等についての大阪府警察科学捜査研究所技術吏員福田公郎作成の鑑定書(請求番号47)

⑥ 右爆弾の構造等に関する司法警察員北野耕作成の捜査復命書(請求番号48)

(2) 大阪市立大学教養部構内から押収した右爆弾製造に使用された材料残部の関係で

⑦ 材料残部を差押えた状況に関する司法警察員関本輝雄作成の捜査差押調書(請求番号54)

⑧ 材料残部を写真撮影した状況に関する司法警察員飛田水義作成の鑑識結果復命書(請求番号55)

⑨ 材料残部の性質等に関し、大阪府警察本部警備部警備第一課長から前記科学捜査研究所長あて鑑定嘱託書(請求番号56)

⑩ 材料残部の性質等についての前記科学捜査研究所技術吏員山野宏ほか一名作成の鑑定書(請求番号57)

これに対し、弁護人は、前記⑤及び⑩の各鑑定書並びに⑥の捜査復命書については、いずれも不同意としたが、その余の書証についてはすべて証拠とすることに同意したので、原審は同意のあつた各書証につき第六回公判廷ないし第七回公判廷においてそれぞれ証拠調べを行ない、また、不同意となつた前記書証中⑤及び⑩の各鑑定書も第六回公判廷ないし第七回公判廷で各鑑定人を尋問のうえ、検察官から刑訴法三二一条四項により取調請求され、弁護人の異議もなかつたので原審はこれらを証拠として採用、取調べを終えた。

また、検察官は、原審第三回公判廷及び第七回公判廷において、本件の全公訴事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書(自白調書)の取調べを請求したところ、弁護人はすべての調書の任意性を争つたので、検察官において、被告人の自白の任意性を立証するため、被告人の取調べに当つた大阪府警察本部警備部警備第一課巡査部長斉藤昭七、同課司法巡査中川紀明及び検察官丸谷日出男を証人として申請し、被告人を取調べた当時の状況について証言を求めた。

そして、原審は公判期日外である昭和五一年一月一二日、前記公訴事実(三)の傷害の事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書の任意性を認めたが、その余の公訴事実についての被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書合計三四通((乙)検察官請求証拠目録(二))は、すべて任意性を欠く疑いがあるとして、その取調請求を却下する旨決定した(以下原審の証拠決定という)。検察官は、右決定に対し異議を申立てたが原審はその第二五回公判廷において右異議申立をも理由がないとしてこれを棄却した。

右のような証拠調手続の経過を経て、原審は、前記公訴事実(一)、(二)については補強証拠の存在と法廷における被告人の自白とにより、公訴事実(三)とともに有罪を認定したが、(四)の本件爆弾の製造、所持の公訴事実については、いつたん適法に証拠調べをした前記①ないし⑤及び⑦ないし⑩の各書証についても、判決において前記のとおりこれらの証拠は、被告人の自白に直接由来するもので、任意性を欠く疑いのある自白の証拠能力が否定される趣旨に照らし、いずれも証拠とすることが許されず、その意味において証拠能力を欠くと判示して、罪証に供せず、被告人の公判廷における自白の補強証拠が存しないことを理由に無罪を言渡した。

2 本件爆弾第二個の製造、所持の事実に関する自白に至る取調経過及び本件爆弾二個の捜索押収に至る経過

被告人は、昭和四八年七月一八日本件公訴事実(三)の傷害事件の容疑で通常逮捕され、同月二〇日大阪地方裁判所裁判官の発した勾留状により代用監獄大阪府住吉警察署留置場に勾留されたが、同月二一日勾留場所を大阪拘置所に変更されて、同日より身柄は同拘置所に移監された。そして右勾留後同月二五日までは、住吉警察署の司法警察員が右傷害事件につき被告人の取調べに当たつていたが、同月二六日から大阪府警備第一課勤務の巡査部長斉藤昭七が同課巡査部長京楽千年及び同課司法巡査中川紀明とともに右拘置所において被告人を取調べることとなり、同日午前九時三〇分ころからその取調べを開始したところ、同日午後四時ころには、右傷害事件について被告人が全面的に犯行を自白し、自白調書も作成された。次いで同巡査部長らは、上司から被告人が杉本町派出所爆破事件の容疑者の一人として捜査線上に浮んでおり同事件についても被告人を取調べるよう指示されたことから同日午後六時ころから公訴事実(二)の杉本町派出所爆破事件の取調べに入つたが、被告人は同事件については黙秘した。翌二七日被告人が大阪地方検察庁で右傷害事件について検察官の取調べを受けた後、午後六時ころから、斉藤巡査部長らが同拘置所で引き続き右爆破事件について被告人を取調べたところ、午後八時五〇分ころに至つて被告人は右事件につき犯行を自白したので、同巡査部長らは簡単な自白調書を作成し午後九時三〇分ころ同日の取調べを終えた。ところが、被告人は翌二八日午前六時三〇分ころ、同拘置所内で母親や弟、友人らあての遺書を残して縊首自殺をしようとして、タオルと風呂敷を連結し鉄格子に両端を結んで輪を作り両手で輪を広げ頭部をまさに入れようとしたところを拘置所職員に発見阻止されたため、自殺行為の実行に至らずに終つた。同日午前九時三〇分ころから同拘置所に赴いた斉藤巡査部長らが被告人の取調べを開始したところ、それまで捜査当局側に全く知られておらず、かつ被告人に対し取調べも追及もしていなかつたところの、杉本町派出所爆破事件とは別個の本件爆弾の製造、所持の犯行を犯したことをみずから明らかにし、現に大阪教育大学天王寺分校に右爆弾を隠匿所持しており、同所から右爆弾を早急に搬出処理するよう訴えた。そこで同巡査部長はとりあえず本件爆弾製造、所持の事実についての供述調書を作成したところ、被告人は引き続き杉本町派出所爆破事件の動機などについても供述したので、これについても供述調書を作成した。翌二九日、被告人は、大阪市立大学内に爆弾製造に使用した薬品等の材料残部を隠匿している事実についても自白したので、同巡査部長らにおいて右事実についての供述調書を作成した。翌三〇日、警察は被告人の前記自白に基づいて大阪教育大学天王寺分校構内及び大阪市立大学教養部構内を捜索した結果、被告人の自白どおり天王寺分校から手投式鉄パイプ爆弾二個を、また、大阪市立大学から爆弾製造に使用した薬品等の残材料を発見押収した。なお、同日検察官は、前記傷害事件につき被告人を大阪地方裁判所に公判請求し、警察は同日、被告人を右爆破事件で再逮捕して以後右事件について被告人に対する本格的な取調べが進められた。

3 原判決が引用する原審の証拠決定が被告人の捜査官に対する自白の任意性を否定した理由

原判決が引用する原審の証拠決定が、本件窃盗、杉本町派出所爆破及び爆弾の製造、所持の各事実に関する被告人の捜査官に対する自白は任意性を欠く疑いがあるとした理由の要旨は、

(1) 被告人は、七月二六日午後六時ころから、斉藤巡査部長らによつて、本件爆破事件について被疑者として取調べを受けたが、その際被告人は、傷害事件により拘束を受けているのに、爆破事件について令状なしに取調べを受けることを不当として、その取調べを拒否し、直ちに勾留の場所(監房のこと、以下同じ)に戻すよう要求するとともに、尋問に対して黙秘する旨告げたのに対し、同捜査官らはそのまま同月二七日及び翌二八日の取調べを継続した。

(2) 同捜査官らは、右取調べにおいて被告人に対し、

イ 本件現場の爆弾の破片から指紋が顕出された。

ロ 本件発生当時被告人と同棲していた女性が参考人として一切の事情を捜査官に供述した。

ハ 本件について逮捕令状が出かかつている。

ニ 被告人の弟が被告人の逮捕後、大阪教育大学天王寺分校や大阪市立大学に出入りしている。

旨述べて、本件について真実を供述するよう繰り返し求めたが、右イないしニの点はいずれも実在の事情とは認められない。

(3) 同捜査官は、右取調べにおいて、被告人に対し、爆発物取締罰則九条の規定の解釈を示し、本件については、犯人の親族でも、罪証湮滅の罪の成立を免れず、その罪が成立すれば逮捕できることを説明するとともに、被告人が本件について自白するならば、被告人の親族に累が及ぶ事態が避けられる旨言つて、黙秘を続けることをやめるよう説得した。

(4) 被告人は、本件について本格的に自白を始めた同月二八日以降は、右捜査官及び検察官の本件取調べに対し自白供述を渋滞させることなく、この間の右捜査官及び検察官の取調べは相前後して進行し、検察官の取調自体には、被告人の供述の任意性に対し消極的に作用する事情は皆無であつたが、右警察における捜査官の取調べにおいては、捜査官は被告人に対し被告人が黙秘権を行使せず、自白を維持して反省の態度を示し続けることにより起訴及び公判審理の各段階で寛大処分を受け得るものである旨を、いわゆる内ゲバ殺人事件の被疑者が傷害致死事件として処理されて執行猶予になつた例を引くなどして繰り返し説明した。

との事実が認められる。

そして、右の取調状況のうち、(1)については、当時被告人が本件の被疑者として、その身柄拘束の根拠となつていない本件の取調べのなされることを不当としてこれを拒否し、勾留の場所に戻すよう求めたたことは正当な要求というべきであり、したがつて、捜査官が右要求を無視して、そのまま被告人に対し本件の取調べを続行したことは、違法であることを免れない。

また、捜査官が本件について黙秘の被告人に対し、供述を求めるにあたり告げた事項のうち、前記(2)のイないしハの各事情が相互に関連して、被告人に対し本件についての有力な証拠がすでに捜査官のもとに蒐集ずみであるとの印象を抱かせ、その印象を強化する性格のものであるから、右は同捜査官が被告人に与えるかかる効果を意図してなした偽計と断ぜざるを得ず、かかる欺罔的手段の被告人の心理に及ぼした影響は、前示の違法な身柄拘束の利用関係と相まち、優に強制に準ずる程度に達していたものと認められる。

のみならず、これらの事項とともに、捜査官が被告人に告知した前記(2)のニの事情は、同(3)の説得内容と関連して、被告人をして自己の弟に爆発物取締罰則九条の罪により逮捕される事態が切迫しているものと誤信させるとともに、これを避けるためには、本件について黙秘の態度を解き、自白する外ないと決意させ自白に至らせたものの、被告人にその翌朝このことにより自殺を企図するまでの精神的煩悶を経験させたものであることが認められるから、右偽計は、被告人が本件について黙秘することをやめれば捜査官において、被告人の親族に対する追及を控えることを内容とする前示の暗黙の約束ないし利益誘導と相まち、被告人に対し高度の心理的強制を与え、加えて虚偽の自白を誘発するおそれが多分にあつたものということができる。

そうすると、被告人が同年七月三〇日以降本件によつて逮捕勾留される前の段階でなした本件についての自白は、いずれも任意性を欠く疑いがあるものというべきである。

さらに、右の各自白後、これに引き続きなされた被告人の右捜査官及び検察官に対する各自白が前記(4)の事情下になされたものと認められる以上、前示前段階の取調の違法性の実質的影響を承継したものとして、そのすべてにつき、任意性を欠く疑いを免れないものである。

というのである。

三当裁判所の判断

当裁判所は記録に基づき次のとおり判断する。

1 まず第一に、原判決が引用する原審の証拠決定が任意性を欠く疑いがある事情として取りあげている各事実は、いずれも昭和四八年七月二六日、二七日に斉藤巡査部長らが被告人を杉本町派出所爆破事件で取調べをした際の出来事であることに注意しなければならない。すなわち、被告人が同捜査官らから追及され、黙秘の態度を解くよう強く説得されていたのも、被告人が捜査官に対し身柄拘束の原因となつている公訴事実(三)の傷害事件とは別に令状なしに取調べを受けることの不当を訴えたのも、被告人が捜査官から有力な証拠がすでに捜査官のもとに蒐集ずみであるとの印象を抱かせられ、偽計による欺罔的手段により被告人が黙秘することをやめれば捜査官において親族に対する追及を控えることを内容とする暗黙の約束ないし利益誘導をされたというのも、すべて杉本町派出所爆破事件に関する取調べに対してであつて、被告人が捜査官の偽計に欺され、被告人の親族に対する追及を免れるため捜査官の約束、利益誘導に乗つて自白したとしても、そこで捜査官が取引として持ち出したものは、杉本町派出所爆破事件を自白することであるから、被告人が同事件につき自白しさえすれば親族に対する追及を免れることができるのであつて、被告人が自己犠牲として虚偽の自白をするおそれがあつたのは同事件に関してである。言葉をかえていえば、原判決が問題とする身柄拘束の違法な利用関係、偽計、暗黙の約束ないし利益誘導などの違法な手段と因果関係がある自白は、杉本町派出所爆破事件に関してであつて、本件の爆弾の製造、所持の事実に関する自白との間には法律上の因果関係ありとは直ちには認められない。

そして、前記二、の2で明らかにしたように、被告人は同月二八日の日に、それまで捜査当局側に全く知られておらず、かつ、被告人に対し取調べも追及もされていなかつた本件手投式鉄パイプ爆弾二個の製造、所持の犯行をみずから自発的に明らかにし、隠匿場所である大阪教育大学天王寺分校からの右爆弾の早期搬出処理を訴えたのである。その間の事情について、原審公判廷で、巡査部長斉藤昭七、司法巡査中川紀明は、「同月二八日の日に被告人本人は早く肩の荷を軽くして欲しい。何もかも早く調べて欲しいということで、ほかにも爆弾があるので早く取り除いて下さいとみずから言い出し、もしも警察宮がその爆弾を捜索に行つてそれが爆発してけが人を出してはいけないので、爆弾撤去について自分も行かせてくれと何回も頼まれた。こういうことは警察に任せなさいといつて、その後爆撤去が無事に行つたことを告げると、被告人もありがとうございましたといつて、ほつとしていた。」と証言し、これに対し、被告人は、原審第一四回公判廷で、本件手投式鉄パイプ爆弾二個の製造、所持の犯行を自供するに至つた同月二八日の情況について、「この日午前九時か一〇時に取調べをはじめた。斉藤巡査部長は、自殺未遂に関して、もう馬鹿なことをするな。命を粗末にするな。これからが長いやないか、将来に希望を持て。お前の辛い気持はよくわかるけれども、しかし、そんなお前を調べんならん。お前も一寸くらいしんどかつてもしんぼうしてくれ。といつて慰めてくれて取調べを始め、杉本町派出所爆破事件の爆弾の材料はどこに隠してあるのかと、証拠品の所在場所を追及された。その時に、自分は実は教育大学と市大にこういうものがあるんだということで、本件手投式鉄パイプ爆弾二個を隠匿している事実を喋つた。警察はまだ爆弾があるとまでは思つていなかつたらしくて、自分がそのことを喋つたので、爆弾を教育大学に隠匿している件で根掘り葉掘り聞かれ、先にその調書をとられた。警察が教育大学に捜索に行くということを聞いたので、自分をそこに連れて行つてくれ、わからん者が行つたら危ないからと言つた。それは現場に連れて行つてもらつたら、隙をみてその爆弾で警察官もろとも自爆してやろうというようなことを考えついて言つた。」(記録一六〇二丁、一六〇七丁)と供述しているのであつて、本件爆弾の製造、所持の事実に関して、被告人の方から積極的に自供したことが認められこそすれ、捜査官が偽計、約束、利益誘導等違法な手段を用いてこの件に関して自白を獲得したものとは認められないのである。

原判決は、被告人の本件爆弾の製造、所持事実に関する自供は、自殺を企図するまでの精神的煩悶の下でなされたものであり、右精神的煩悶は、杉本町派出所爆破事件の取調べにおけるものとはいえ、捜査官の被告人に対する自白強制、身柄拘束状態の違法な利用関係、欺罔的手段、暗黙の約束ないし利益誘導によつてもたらされるものであるから、捜査官の違法な自白強制と本件爆弾の製造、所持事件の自供との間には因果関係があり、任意性に疑いがあることになるとするにあると考えられる。しかしながら、右は単に条件的因果関係があるにとどまり、杉本町派出所爆破事件につき自白せざるを得なくなれば必然的に本件手投式鉄パイプ爆弾の製造、所持をも自白せざるを得なくなるというような関連性は認められないのである。そして、被告人が自殺企図を持つに至つたのは、原審証拠決定三1(三)(前記二3(3))で認定するように捜査官から爆発物取締罰則九条の規定により親族でも罪証湮滅の成立を免れず、逮捕できることを説明され、被告人が杉本町派出所爆破事件を自供するならば、被告人の肉親に累が及ぶ事態が避けられる旨言われて、被告人としては敵対関係者や同志らの示唆によつて警察の取調べに対し完全黙秘を誓つていたのに、捜査官が追及する杉本町派出所爆破事件につき同志らの期待通り黙秘を貫こうとすれば、苦労をかけて来た母親や、弟にまで累が及ぶことになり、他方同事件を自白して肉親に迷惑がかからないようにしようとすれば同志の期待を裏切ることになるとして、その板ばさみになり、同月二七日の取調べにおいては結局肉親にかける情が勝つて、同事件を自白してしまつたものの、同日の取調べが終わり監房に戻るや、再び肉親と同志のいずれの側に立つべきか心理的葛藤をくりかえして思い悩むうち、このような苦しい立場からの逃避として自殺企図が生じたものと推認される。被告人が自殺未遂後においてなお精神の動揺があつたとしてもそれは右心理的葛藤に基因するものであるから、そこでは肉親を犠牲にしてでも同志の期待に従いもとの黙秘の態度をとるべきか、あるいは肉親に累が及ばないようにすることを貫いて、前日自白してしまつた杉本町派出所爆破事件について引続き捜査官に自白し続けるかの二者択一を迫られて思い悩む点に被告人の苦悩があつたと認められるのであつて、被告人が捜査官の全く知らず、追及もされていなかつた本件爆弾の製造、隠匿所持までもみずから進んで自供する必要に迫られたというような関係は生じてこないのである。そしてまた、自殺未遂という異常な事態自体から生ずる興奮、心神不安定状態が生じたことは容易に認められるけれども、前記二、の2で明らかなように被告人の自殺未遂というのも自殺の実行未遂ではなく着手未遂にとどまるし、自殺未遂を発見阻止されてから当日の被告人の取調べが始まる約三時間の間に相当程度鎮静化したと認められるうえ、前記被告人や斉藤昭七、中川紀明の原審各供述に照らしても、被告人が本件爆弾の製造、所持の犯行をみずから供述するに至つた時点においては、被告人の供述能力に何ら欠けるところはなく、かつまた心理的に追い結められてやむなく右犯行を自供するに至つたというような情況も認められない。

以上、原判決は、本件爆弾の製造、所持事件を単に杉本町派出所爆破事件として一括して本件と称し、杉本町派出所爆破事件に関する自白に任意性に欠ける疑いがあるとした結論をそのまま本件爆弾の製造、所持事件に及ぼさしめているにすぎず、本件爆弾の製造、所持事件の自白についての任意性に疑いがある理由を十分認定判示しているとは認め難く、原判決のこの点に関する事実認定には誤認があるといわざるを得ず、右は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

2 つぎに、原判決は、不任意の自白に基づいて発見押収された証拠物に関する書証について、いわゆる「毒樹の果実」排除の理論ないしはこれと共通する思考方法のもとに、その証拠能力を認め難いとするので、以下この点につき検討する。

アメリカ合衆国においては、かねて違法に収集された証拠は「毒樹」として排除されるのみならず、それに基づいて得られた派生的第二次証拠(derivative evidence)もいわゆる「毒樹の果実」(the fruit of the poisonous tree)として排除されるべきではないかとして、その排除されるべき第二次証拠の範囲が問題とされて来たし、また西ドイツにおいては、人格権を侵害する手段によつて違法に収集された証拠は、証拠の使用が禁止されるとともに、それに基づいて発見された派生的証拠の使用もまた禁止されるべきではないか、その波及効(Ferun-wirkung)はいかなる範囲に及ぶかが問題とされ、とくに権衡の原則(Grundsatz der Verh〓ltnism〓〓igkeit)が強調されていることが注目され、わが国においても近時これらについて学説上しばしば論じられているところである。かように違法収集証拠の排除法則、その適用範囲、ことに「毒樹の果実」排除理論は、アメリカ合衆国において発展して来たものであるが、これをわが国に導入するにあたつては、その法理論面にのみ目を奪われるだけでなく、わが国の法制と、その背景となつているわが国社会の実情にも十分配慮を尽し、わが国の刑事訴訟法との適合に考慮を払いつつ、その妥当とする領域を確定していかなければならない。

本件において「毒樹の果実」が問題となつているのは、不任意自白に由来して得られた派生的第二次証拠であるが、派生的第二次証拠の収集手続自体にはなんら違法はなく、それ自体を独立してみる時なんら証拠使用を禁止すべき理由はなく、ただ、そのソースが不任意自白にあることから不任意自白の排除効を派生的第二次証拠にまで及ぼさるべきかが問題となるのである。そこでまず第一に「不任意自白なかりせば派生的第二次証拠なかりし」という条件的関係がありさえすればその証拠は排除されるという考え方は広きにすぎるのであつて、自白採取の違法が当該自白を証拠排除させるだけでなく、派生的第二次証拠をも証拠排除へ導くほど重大なものか否かが問われねばならない。違法に採取された自白の排除の中には、(1)憲法三八条二項、刑事訴訟法三一九条一項の「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白」のように虚偽排除の思想を背景に持ちつつも、むしろ人権擁護の見地から人権侵害を手段として採取された自白の証拠使用が禁止されるもの、(2)刑事訴訟法三一九条一項の「その他任意にされたものでない疑のある自白」のように、約束、偽計など主として虚偽排除の見地から虚偽の自白を招くおそれのある手段によつて採取された自白の使用が禁止されるもの、(3)憲法三一条の適正手続の保障による見地から自白採取の手続過程に違法がある自白の証拠使用の禁止が問題とされるもの、例えば他事件による勾留の違法な利用、黙秘権の告知・調書の読み聞けの欠除等がある。そこで考えると、自白獲得手段が、拷問、暴行、脅迫等乱暴で人権侵害の程度が大きければ大きいほど、その違法性は大きく、それに基づいて得られた自白が排除されるべき要請は強く働くし、その結果その趣旨を徹底させる必要性から不任意自白のみならずそれに由来する派生的第二次証拠も排除されねばならない。これに対して、自白獲得手段の違法性が直接的人権侵害を伴うなどの乱暴な方法によるものではなく、虚偽自白を招来するおそれがある手段や、適正手続の保証に違反する手段によつて自白が採取された場合には、それにより得られた自白が排除されれば、これらの違法な自白獲得手段を抑止しようという要求は一応満たされると解され、それ以上派生的第二次証拠までもあらゆる他の社会的利益を犠牲にしてでもすべて排除効を及ぼさせるべきかは問題である。刑事訴訟法一条は、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的とする。」と規定し、犯罪の解明、真実発見と人権あるいは適正手続の保障との調和を十分考慮に入れる必要があることを明らかにしている。この場合の虚偽自白を招くおそれのある手段や、適正手続の保障に違反して採取された不任意自白に基因する派生的第二次証拠については、犯罪事実の解明という公共の利益と比較衡量のうえ、排除効を及ぼさせる範囲を定めるのが相当と考えられ、派生的第二次証拠が重大な法益を侵害するような重大な犯罪行為の解明にとつて必要不可欠な証拠である場合には、これに対しては証拠排除の波及効は及ばないと解するのが相当である。もとより、この場合にあつても、当初から、計画的に右違法手段により採取した自白を犠牲にしてでも、その自白に基づく派生的第二次証拠の獲得を狙いとして右違法な手段により自白採取行為に出たというような特段の事情がある場合には、その自白採取手段の違法性は派生的第二次証拠にまで証拠排除の波及効を及ぼさせるものとなるであろう。けだし、さもなくばこれらの違法な自白獲得手段を抑止しようという要求は、右の実刑の前に、実のあるものとはならなくなるからである。

かような見地から本件をみるに、原判決が認定するように本件爆弾の製造、所持の犯行についての自白が約束、偽計、利益誘導、他事件の勾留の違法利用により獲得されたものとして任意性に疑いがあるとされて、刑事訴訟法三一九条一項により証拠能力が否定されるにしても、本件に右特段の事情はなく、かつ本件は爆弾の製造、所持事犯であつて、爆発物取締罰則は公共の安全と秩序の維持という社会的法益と人の身体・財産の安全という個人的法益を保護するものであり、爆発物はその爆発作用そのものによつて公共の安全をみだし又は人の身体財産を害するに足る破壊力を有する顕著な危険物であつて、同罰則違反の罪は、公共危険罪に近い罪質をも具有する重大な犯罪(最高裁判所昭和三六年(あ)一七二七号同三九年一月二三日第一小法廷判決刑集一八巻一号一頁参照)であり、右自白獲得手段の違法性と本件爆弾の製造、所持事犯の法益の重大性を比較衡量するとき、右自白に基づく結果として発見押収された本件手投式鉄パイプ爆弾二個の捜索差押調書、検証調書、鑑定書等前記二の1に掲記する証拠(ただし⑥の捜査復命書は不同意とされて撤回されているのでこれが除かれることはもちろんである。)は排除されるべきではないと解するのが相当と認められる。そして、第二に、不任意自白という毒樹をソースとして得られた派生的第二次証拠に証拠の排除効が及ぶ場合にあつても、その後、これとは別個に任意自白という適法なソースと右派生的第二次証拠との間に新たなパイプが通じた場合には右派生的第二次証拠は犯罪事実認定の証拠とし得る状態を回復するに至るものと解せられる。しかるところ、被告人は原審公判廷において、終始本件手投式鉄パイプ爆弾を製造し、これを大阪教育大学天王寺分校に隠匿所持していた事実及び捜査官が同所で捜索押収して来た本件証拠物たる手投式鉄パイプ爆弾二個が右対象物件であることを認めて来たのであり、右自白は公判廷における任意の自白であるから、右証拠物が当初不任意の自白に基づいて発見押収された派生的第二次的証拠であつても、原審公判廷における任意自白により犯罪事実認定の証拠とし得る状態を回復しているものと認められる。

以上、原判決は、証拠能力に関する法令の解釈適用を誤つたものとして、訴訟手続に法令違反があることに帰し、右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

第二被告人及び弁護人の各控訴趣意について

一被告人及び弁護人中北龍太郎の各控訴趣意第一点について

論旨は、傷害罪を除く本件公訴の提起は、本件とは全く関連性のない傷害罪による逮捕、勾留処分を利用しつつ本件取調べを行ない、かつ、違法な手段で被告人から自白を獲得したうえ、本件につき再逮捕を行なつてなされたもので、本件公訴提起は違憲違法なものとして実体審理に入ることなく、刑事訴訟法三三八条四号により公訴棄却されるべきであつたのに、原審は実体審理及び判決を行なうという憲法三一条に違反し、訴訟手続の法令違反をも犯しており、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

しかしながら、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ、捜査手続の違法は必ずしも公訴提起の効力を当然に失わしめるものではなく、所論の主張する事由は、いまだ刑事訴訟法三三八条四号に該当する事由とは認められない(最高裁判所昭和二二年(れ)第三三四号同二三年六月九日大法廷判決刑集二巻七号六五八頁、同昭和二三年(れ)第七七四号同年一二月一日大法廷判決刑集二巻一三号一六七九頁、同昭和四一年(あ)第四九一号同年七月二一日第一小法廷判決、刑集二〇巻六号六九六頁、同昭和四四年(あ)第八五八号同年一二月五日第二小法廷判決刑集二三巻一二号一五八三頁参照)。論旨は理由がない。

二  被告人の控訴趣意第二点について

(1) 論旨は、まず原判示第一の窃盗の事実について理由のくいちがいがあると主張するけれども、刑事訴訟法三七八号四号の理由がくいちがいとは、判決文自体から理由のくいちがいが明確に読み取ることができるものをいうのに、所論の主張するところは後記三の(3)と同趣旨であり、これは本号には該当せず、同法三七九条の訴訟手続の法令違反の主張に該当するものであるから、主張自体失当を免れない。なお、所論は、原判示第一の窃盗、第二の爆発物使用の各事実について、共犯者の存在を強調し、爆発物の使用を否定する被告人の原審第一八回公判廷における供述を証拠標目に掲記している点を論難するけれども、同法三三五条一項は証拠説明につき証拠の標目を掲げるを以て足るとし、その証拠のどの部分を採つたかを特定、明示することを要求していないのであるから、原判決が右証拠を証拠の標目に掲記しているのは、右証拠中原判示に添はない部分はこれを除外し、それに添う部分のみを採用した趣旨と解されるから、原判決に理由のくいちがいがあるとすることはできない。所論は採りえない。論旨は理由がない。

(2) 論旨は、原判示第一の窃盗第二の爆発物の使用につき動機、目的実行方法、実行前後の行動、爆発物の構造、製造方法、材料の入手状況などの具体的事情を判示せず、ことに爆発物使用については、爆発物を仕掛けたと抽象的に判示し爆発物を爆発可能な状態におくことを特定明示しない原判決には理由の不備があるというのである。

しかしながら、原判示第一、第二の各「罪となるべき事実」をみるに、犯罪構成要件該当事実の記載は具体的に特定明示されていると認められるし、爆発物の使用についても所論のように単に爆発物を仕掛けたと抽象的に判示したものではなく、爆発の主成分、混入物、充填する用材、起爆させる装置の種類を掲げて鉄パイプ製電池式時限装置付爆発物の性能、態様を顕示したうえ、これを仕掛けた時期、場所によつてこれを起爆状態に置いたことを特定明示しているのであつて、原判示はいずれも刑事訴訟法三三五条一項の要件を充足していることが認められる。従つて、それ以上に所論のような内容を盛らないからといつて同法三七八条四号にいう理由不備に該当するものではない。論旨は理由がない。

三被告人の控訴趣意第三点(控訴審意見陳述書(二)を含む)弁護人辛島宏の控訴趣意第五の二、三の各点、同中北龍太郎の控訴趣意第二点について

論旨は、いずれも原判決は憲法三八条、刑事訴訟法三一九条、二九七条、三一八条に違反して任意性を欠き証拠能力がない次のような証拠を採用し採証に供し訴訟手続の法令違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすものであるというのである。

(1) まず、原判示第二の爆発物使用に関する被告人作成の遺書(謄本)の証拠能力の有無につき審究するに、記録によれば、右遺書は原審第一〇回公判(昭和四九年九月一九日)において検察官が提出し、被告人側の同意に基づき何らの異議なく証拠調を経ている刑事訴訟法三二六条一項の書面であるからそれが作成されたときの情況を考慮し、相当と認めるときは証拠能力を取得するので、これにつき検討すると、遺書の内容は、一枚の用紙に母親や弟、友人、救対弁護士らに宛て先立つ不幸、依頼、お詫びなどを述べるとともに、「傷害事件、杉本町交番爆破(ぼくの完全な単独行動です)について自供してしまいました。期待を裏切つて申し訳ない」旨等が記載されたものであること、捜査官の取調の際作成されたものでも、捜査官に要求されて書いたものでもなく、被告人みずからの意思により自発的に当時の自己の真情を吐露したものであること、被告人が自殺を図つた経緯は前記第一の三の1に説示したとおりであつて、当時被告人が精神的煩悶状態にあつたからといつて任意性に疑いがあるとか、いわゆる特信情況がなかつたとすることはできないことなどにかんがみると、右遺書は前記要件を充足し、証拠能力を具有していると認められる。

(2) 次に、原判示有罪部分に関する原審の更新前の原審第二回公判調書中の被告人の供述部分の証拠能力の有無につき検討するに、右は刑事訴訟法三二二条二項の書面であるから、供述に任意性があれば、証拠能力を取得するところ、記録によると、右書面は本件の捜査、公訴提起(昭和四八年八月二〇日)から相当日時の経過した昭和四八年一一月二八日の公判廷において、私選弁護人二名の弁護を受けつつ、公訴事実に対する認否と自己の主張を詳細に開陳した全九枚からなる被告人作成の意見陳述書に基づいてなされたものであるうえ、原審第八回公判廷(昭和四九年七月二日)においてさらに「右書面の自白は任意によるものであると思つています」と確認しているから、右書面の任意性に疑いはなんら認められず、証拠能力を具有しているものと認められる。

(3) 原判示第一の窃盗に関する大阪市立大学教員久保茂一の司法警察員に対する昭和四八年八月一七日付供述調書及び司法警察員浦田明則作成の同年同月一八日付捜査復命書の証拠能力の有無につき審究するに、右の各書面は原審第四回公判(昭和四九年一月二四日)において検察官から提出され、被告人側が同意し何らの異議なく、証拠調を経た刑事訴訟法三二六条一項の書面であるから、前記(1)と同様の要件の存否につき検討するに、記録によると、これらは原判決が任意性に疑いがあるとして排斥した被告人の自白に基づく派生的第二次証拠ではあるが、派生的第二次証拠であればすべて排除効が及ぶものではないことは前述のとおりであり、かつまた排除効が及ぶというためにはその証拠の排除が違法な自白採取行為を抑止するのに必要なものであることを要するものと解されるところ、右久保茂一の供述調書は、すでに被害者側が昭和四七年五月六日付で作成提出していた被害届の被害物品、数量等と被告人が自白した窃盗物品の品名、数量等とにくいちがいがあるため、捜査官から改めてその点の調査、追加盗難物品の有無等の確認を求められて、それに応じて供述した調書であり、浦田明則の捜査復命書はこれに対する被害額の調査をしたものであつて、かかる証拠の排除が違法な自白採取行為を抑止するために必要なものとは認められないから、かかる証拠に排除効は及ばないというべきである。そしてまた被告人は原審公判廷において、本件窃盗事実の被害物品、数量、価格等を含めて自白している点からしても右各証拠について証拠排除しなければならない必要性は解消したものといわなければならない。従つて右各書面は、所定の要件を充足し、証拠能力を具有したものと認められる。

以上の次第であるから、論旨はいずれも理由がない。

四被告人の控訴趣意第四点、弁護人辛島宏の控訴趣意第五の一、四の各点について

論旨は原判示第二の杉本町派出所爆破事件につき被告人は、被抑圧労働人民のために、武装闘争による政治的宣伝及びその実験としてなされたもので、「治安を妨げ」「人の財産を害する」目的はなかつたし、かつ、被告人は爆発物を製造したにとどまり、これを使用したものではないから、被告人に爆発物使用罪を認めた原判決には事実誤認があるというのであり、また弁護人は、被告人が窃盗、爆発物使用罪の単独正犯者であると認定した点において、原判決には事実誤認があるというのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、原判示第一の窃盗の事実、及び「治安を妨げ」「人の財産を害する」確定目的をもつてなされた点を含め原判示第二の杉本町派出所爆破の事実はこれを優に認定することができる。被告人は原審第二回公判廷で右各事実を自白していたが、原審第一四回公判(昭和五〇年二月二四日)以後は被告人が爆弾を製造して、これを他の者に渡し、その者が杉本町派出所に爆弾を仕掛けたもので、被告人は共犯者の一人として同事件の一部を分担したにすぎず、単独犯でも爆弾を仕掛けた実行者でもないと主張するに至り、かつまた原審第一八回公判(昭和五〇年七月一六日)で原判示第一の窃盗につき、被告人は爆弾の材料となる薬品類を盗む実行者の一人であつたが、他にも仲間ないしグループがいる旨を述べて、原判示第一、第二の罪につき共犯者のいる旨弁疏するに至つたものの、その共犯者の人数氏名の特定はもとよりその具体的行動を証明するに足る的確な証拠は見当らず、被告人が爆発物使用に関与しなかつた根拠として主張する同人の右手示指のけがの事実の有無ないしその程度なども裏付られてはいないなど、弁解のための弁解の域にとどまり前記関係証拠から認められる原判示の事実認定を左右するに足るものは未だ存しないから、結局原判決に事実誤認の違法があるとすることはできないといわざるを得ない。論旨は理由がない。

五弁護人辛島宏の控訴趣意第四点について

論旨は、原判示第二の杉本町派出所爆破事件中武田節子に対し傷害を負わせた点につき、被告人には一般市民はもとより警察官に対してすら傷害・暴行を加える未必的故意はなかつたし、被告人の爆発物使用によつて武田節子に負傷させたと断定することもできないのに、同女に対する傷害を認めたのは事実誤認であるというのである。

しかしながら被告人の原審第一八回公判廷(昭和五〇年七月一六日)における供述によれば、被告人は杉本町派出所に本件爆弾を仕掛ける前に、爆薬の種類をかえた数個の爆弾を作りあげ、国鉄阪和線大和川鉄橋で試爆してその性能をたしかめていることが認められるうえ、その他原判決挙示の関係証拠をあわせ総合すると、本件爆発物は、国鉄阪和線杉本町駅前の公衆電話ボツクスが至近距離にある住吉警察署杉本町派出所に仕掛けられ、時限装置をセツトして午前八時三八分ごろ爆発せしめられたものであり、その場所・時間からして爆発時刻ごろに同所派出所付近に警察官や一般通行人があり得ること従つて、爆発によりそれらの人々に傷害を負わせるおそれがあることは当然予見し得るところであるにもかかわらず、これを意に介することなく、これを認容して、本件爆発物を右時刻ごろにセツトして爆発させたものであり、被告人に人の身体に対する暴行・傷害の未必的犯意があつたことは否定し難いし、武田節子が本件爆発により原判示の傷害を負つたことも明らかであるから原判決に所論の事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。

六被告人の追加控訴趣意及び弁護人辛島宏の控訴趣意第一点について

論旨は要するに、爆発物取締罰則は違憲・無効であり、原判決には原判示第二の杉本町派出所爆破事件につき同罰則一条で被告人を処断した法令解釈適用の誤りがあるというのである。

しかしながら、原判決がこの点につき判示するところは首肯し得るのであつて、爆発物取締罰則が憲法一一条、一三条、二五条、三一条、三六条、三八条、四一条、七三条六号に違反するものではなく、かつまた所論の主張するように、同罰則が憲法や刑法の諸原則や諸条項と矛盾、牴触、違反し、現行法秩序と相容れないものとして違憲、無効であるとはいずれも認められないから、所論は採り得ない。論旨は理由がない。

七弁護人辛島宏の控訴趣意第二点及び第三点について

論旨は要するに、爆発物取締罰則一条の爆発物使用罪は、刑法一一七条の激発物破裂罪の特別罪であり、使用罪が成立するときは破裂罪が適用される余地はないのに、原裁判所は破裂罪の追加的訴因罰条の変更を認め、判決においても使用罪、破裂罪の両罪の成立を認め、かつ、同罰則一二条の解釈を誤つて刑法五四条一項前段の観念的競合にあたるとして処断した違法があることが明らかであり、原判決には法令の解釈適用の誤り及び訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで考えるに、爆発物取締罰則一条の爆発物使用罪と刑法一一七条の激発物破裂罪は、所論の主張するとおり罪質、保護法益を共通にしており、かつ、同罰則にいう爆発物も刑法一一七条にいう激発物にほかならず、爆発物を用いて故意に建造物を損壊したときは、爆発物取締罰則一条の罪が成立し、その法定刑は刑法一一七条、一〇八条より重いから同罰則一条が刑法一一七条の特別罪として適用されることになり、結局爆発物使用罪は激発物破裂罪と特別法・一般法の関係に立つと解するのが相当である。従つて原判決が両罪の成立を認め、刑法五四条一項前段の観念的競合にあたるとして処断したのは法令解釈を誤つたものといわざるを得ないが、原判決も両罪を科刑上一罪として結局重い爆発物取締罰則一条の罪の刑で処断しているから、右法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼさないものと認められる。そしてまた、訴因は検察官の主張であり、訴因罰条の変更を行なうのは検察官である。裁判所は公訴事実の同一性を害するような訴因罰条の変更の請求は却下しなければならないが、そうでない限りこれを許可しなければならず、起訴状記載の訴因罰条と変更された訴因罰状及び各訴因罰条の相互の関係がいかなる法律関係に立つかは判決においてこれを明らかにすれば足りる。しかして、本件において、公訴提起された昭和四八年八月二〇日付起訴状第二の訴因は爆発物取締罰則違反、傷害、建造物損壊、器物損壊の公訴事実であつたところ、検察官は右訴因のうち建造物損壊、器物損壊につき激発物破裂の訴因罰条に変更したものであるが、右激発物破裂の公訴事実は右建造物損壊、器物損壊の公訴事実と同一性を具有するから、原審が検察官の訴因罰条の追加的変更請求を許可したことに訴訟手続の法令違反は存しないものといわざるを得ない。論旨は理由がない。

第三結論

本件は、併合罪の関係にある窃盗、杉本町派出所爆破、傷害、手投式鉄パイプ爆弾二個の製造・所持の各公訴事実に対し、手投式鉄パイプ爆弾二個の製造・所持の公訴事実を無罪とし、その余の公訴事実を全部有罪とした原判決に対し、検察官からは部分を限らず全部に対し控訴が提起され、被告人からは原判決中有罪部分につき控訴が提起されたものであるが、前記のとおり、原判決が無罪とした手投式鉄パイプ爆弾二個の製造・所持の部分に検察官主張の破棄事由があり、有罪部分については検察官は破棄事由を主張しておらず、かつ被告人側の前掲の主張には破棄事由はないが、右手投式鉄パイプ爆弾二個の製造所持の罪と原判決が有罪とした原判示の右各罪とは刑法四五条前段により全体が一個の刑により処断されるべき併合罪の関係にあるものであるから、原判決はその全部につき破棄すべきものである。一方被告人の控訴趣意第五点、弁護人辛島宏の控訴趣意第六点はいずれも有罪部分に対する量刑不当の主張であつて、その前提を欠く無意義のものとなつたから、これらに対する判断は省略する。

よつて、検察官の本件控訴は理由があるから、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条、三八二条により原判決を破棄し、原判決が無罪とした部分については原判決において事実が認定されておらず、第一審裁判所における審理裁判を経る必要があると認められるので、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

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